『デフレの正体 経済は「人口の波」で動く』 藻谷浩介 角川oneテーマ21
デフレの正体 経済は「人口の波」で動く (角川oneテーマ21) 藻谷 浩介 角川書店(角川グループパブリッシング) 2010-06-10 売り上げランキング : 6744
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本書の趣旨は、一言で言ってしまえば、「生産年齢人口の減少による諸問題」ということ、です。現在この生産年齢人口の減少の諸問題は、様々なところで議論されるようになっていますので、今(2015年)から5年前に出版された本書は少々賞味期限切れかもしれませんし、ネタの新鮮さはなくなっているかもしれません。
しかし、本書が世に「生産年齢人口の減少」を説いた端緒であったことを考えると、その功績は大きいかもしれません。その時の社会に与えたインパクトを考えてみて、一度目を通してみようと手にしました。
貿易収支、国内総生産、失業率など、社会の成長の指標、経済の成長の数値は、日々ニュースなどで報告されていますが、いまいちその数値と自分の生活における実感とが乖離しているように思うことがあります。と、その前に一体それらの数字が何を意味しているのか、どのような意味があるのか、そもそも分らないことが多い。私は経営学部を出ていますが、正直、全く分りません(苦笑)たぶん大学の授業で習ったものがいくつかあるはずなのですが、忘れています(苦笑)
本書では、そういった数値がいくつも出てくるのですが、それらを解説する本ではありませんので、じっくり読もうとしても付いていけないところがあります。この辺りの細かいところは少し脇に置いて、とにかく読み進めてみる忍耐は必要かと思います。しかし、その細かいところが理解できていなくても、ニュースによく出る数値だけでは社会の実態を見通せない側面があることを著者は示してくれます。いくつかの数値を取り上げながら、それらの数字が経済の実態を現すには無理があると、名古屋や青森などの事象を例に挙げながら伝えてくれます。
著者の藻谷氏が取り上げている数値に対して、それはトンデモだとか、それは恣意的だという批判もあるようですが、細かい内容は専門家の方の議論に任せておくとして、とにかく生産年齢人口が減少していくということは事実で、今まさに進行していると言うことに目を向けるのが大切なようです。本書は5年前に出されたもので、少々ネタバレでもあり、賞味期限切れなところもありますが、藻谷氏が5年前に書いた世界の負の一部が、5年後の今現実としてやってきた感があり、藻谷氏への批判のいくつかは間違っていたことが分かり、今読む意味もあるように感じました。
著者は様々な地域を実測してきたようなので、その実感が本書を支えているのだろうと思います。そして、よくありがちな悲観論や終末論をベースにした本ではなく、本書は、これから当然やってくる明らかな時代を解説し、そしてどんな気持ちでいたらいいのか、そういった対策のところもしっかり書かれています。
著者の藻谷氏は、報道ステーションなどでコメンテーターとしてテレビでも見かけることがあります。話し方にちょっと癖がある感じがありまして、本書を読んでいても、そのテレビでのシーンがちらついて正直読書が進まないところもあったり(失礼!)、 大上段からものをいう感じのところも鼻が付いたのでありますが、それを差し引いても、読んで良かったかなと思います。そんな感じで、ちょっと癖はあるけど読んでみようかなと思ったら、手に取ってみてください。
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デフレの正体 経済は「人口の波」で動く (角川oneテーマ21)
- 作者: 藻谷 浩介
- 出版社/メーカー: 角川書店(角川グループパブリッシング)
- 発売日: 2010/06/10
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『技士道15ヶ条』 西堀榮三郎 朝日文庫
技士道 十五ヶ条 ものづくりを極める術 (朝日文庫 に 9-1) 西堀 榮三郎 朝日新聞社 2008-01-11 売り上げランキング : 44311
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シャープの凋落ぶりが深刻だが、それを評して、識者の中にはその原因を、「液晶テレビでの成功体験にしがみついた結果」と言う人がいる。インターネットが普及し、常に新しい情報が行き交うなかで、今日新しかったものが、明日の朝には色褪せて見えるくらいとてつもなく新陳代謝が速い世界になり、かつての成功体験がもはや通じなくなっているという意見も確かに頷けるところもある。
しかしそうはいっても人間は経験によって成長するものだ。挫折も含めて、経験は人を大きくしてくれると思うし、それなくして人生を語ることは出来ないように思う。なので、識者が言う成功体験の否定は、ちょっと的外れのような気がする。悪いのは、成功体験だけで舞い上がってしまい、その成功を分析したり、次のステップに活かそうとする真摯な態度がないことなのではないだろうか。大事なのは、成功した結果ではなく、そこに行くまでの過程の分析ができているかだ。その分析がなければ、確かに一回の成功はそれっきりで後には続かない。
本書の著者である西堀榮三郎氏は、第一次南極観測隊の副隊長兼越冬隊長を務めたり、品質管理の分野で活躍したりと、様々な分野で先駆的な活躍をされた実践家。経験の塊のような人物です。
私がこの方を知ったのは、たまたま見ていたNHKのプロジェクトX。それは第一次南極観測隊についての回だったと思うが、既に故人である西堀氏の言葉や態度がところどころで挿入され、その時の状況が熱く再現されていました。そこで、西堀氏のお弟子さんの一人が、実験の失敗をしたときのことを語っており、怒られると思ったら逆に西堀氏はよくやったと誉めてくれたという。その時のことをこのお弟子さんは今でもしっかりと覚えていて、感極まって大泣きしながら語っておりました。私はこれほどまでに人を惹きつける人物とは、一体どんな人なのか、それ以来ずっと頭の隅にありました。そしてある時その頭の隅が蓋を開けて、ふと思いついてAmazonで探して読むことにしたのです。
本書の出だしは、西堀榮三郎氏の自伝的な内容。しかし自伝的内容に留まらず、自分がどうしてこの道を選んだのかという背景が、人間と自然の関係の在り方を現していてとても興味深いです。自然を尊重しながら、自然と同期していく氏の歩み方は、これからの日本にとっても参考になるところが多いです。
その次は、「技術を考える」ということで、ここでも自伝的要素を少し含みつつ、技術者としての心構えを説いております。私も鍼灸という技術の研鑽を積む者として、読んでいると背筋が伸びる感じがします。
続いて「品質を考える」ということで、工業製品などの品質管理について記してあります。私は大学では経営学部に通っていましたが、その中で、QCサークルと呼ばれる品質管理の授業を受けたことがあります。しかしその当時は全くもってそれが何にとって重要であることなのかも分らず(教授もけっこうフランクにゆるい授業ということもあってか・・・)、「サークルって、大学のサークルみたいなもの?なに、楽しいのそれ?」みたいなノリでよくわからず聞いておりました・・・。そんな私のいい加減さを反省しながらこの章を読んだわけですが、新しい発見といえば、品質管理といえば日本のお家芸かと思ったのですが、戦後はそうではなかったということをここで知ったことです。原発の汚染水処理の問題で、“オールジャパン”という言葉がよく使われていましたが、今も技術水準は高いままで、“オールジャパン”と誇れるだけのものがあるのかどうか、もしかしたらその水準が揺らいでしまったからこそこのような事態にあるのか、少し考えさせられるお話しでもありました。
その後、「組織を考える」「技術を極める」という章が続き、西堀榮三郎氏の思いの丈が隅々までほとばしっていきます。
この本は、いくつかのところで発表されたものをまとめ、加筆されたそうなのですが、氏はこのとき御年82歳。とてもとても、ここまで書けるものとは・・・。頭もクリアであることはもちろんのこと、それを支える体力もしっかりしていたこと、そして何よりこの社会を良くしていこうという強い情熱が、氏の一生を通じて貫き通していたのでしょう。
人を学ぶということは、人の経験や体験を学ぶことでもあります。昨今成功体験に拘泥するなとも言われますが、いやいややはりこれだけの大人物に出会えることは、その方の良き体験を学ぶことであり、そこから自分の糧にもつながります。
本書は若い方にももちろんですが、人生の後半を充実したい方まで、幅広い年齢でそれぞれの示唆をえることができると思います。そして、本書がすごいところは、単なる懐かしいで終わってしまいがちな自伝的なもので終わらずに、それよりも何倍にも増して具体的な方法論もたくさん包摂された実践の書であること。86歳まで技術道を貫いた魂の、体験的、実践的書籍なのであります。
NHKのプロジェクトXで、西堀榮三郎氏が良く語っていた言葉が紹介されていました。上述したお弟子さんも、失敗された時に西堀氏に語ってもらって救われた言葉。それは・・・
とにかく、やってみなはれ 西堀榮三郎
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技士道 十五ヶ条 ものづくりを極める術 (朝日文庫 に 9-1)
- 作者: 西堀榮三郎
- 出版社/メーカー: 朝日新聞社
- 発売日: 2008/01/11
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『ただの私 オノ・ヨーコ』 オノ・ヨーコ、飯村隆彦著 講談社文庫
ただの私 (講談社文庫) オノ・ヨーコ 講談社 1990-09-06 売り上げランキング : 175436
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一度は読んでみたかったオノ・ヨーコの著書。でも、何だかずっと取っつきにくかった。たぶんそれは、オノ・ヨーコの奇声(のように私には聞えるある曲の歌声)であったり、ジョン・レノンと二人で裸で写っているジャケット写真とか、そういう(よくいえば)アヴァンギャルドな側面への嫌悪感によるもの。本来自分には、そういうアヴァンギャルド(というかはぐれもの的な)なものに憧れを抱く面もあるのだけれど、でもやっぱり保守的であってしまう自分へのアンチとしてのオノ・ヨーコ像。そういったものがオノ・ヨーコへの偏見となり、読もうと思ってても遠ざけてしまってきた理由なのだろう。私だけではなく、ビートルズを壊した女性、ジョン・レノンをたぶらかした女性、そうった嫌悪感をオノ・ヨーコに抱く人はたくさんいるだろうが、それはそれで善悪をない交ぜにする、ある意味オノ・ヨーコという人物のエネルギーそのものなのかもしれない。
と、一般庶民の私がオノ・ヨーコを語る術もないわけですが、そうやって遠ざけながらも気になっていた著書を手に取ったわけであります。
で、読んでみると、そういった誤解がどんどん解けていくのです。確かに育ちは常識外れのお嬢様であり、当時としてはまだ珍しい留学をしてみたりと、自分には想像しようにも想像できない部分がたくさんある。しかしそれにも増して、どこか共感できるようなところも兼ねている、その共感できる視点が重なる部分が増えるに従い、誤解が解けていく。
そして、オノ・ヨーコという人物への誤解が解けていきながら先を読み進めていくと、それ以上に大切なものが現れてくる。それは、この社会を根本的に牛耳っている価値観のようなものを、この際一切合切変革してみてはと思う、そんな力強さです。さらに、それが必ず実現できるというシンプルな思い込み。それこそがこの人を動かし支えているのだということ。それを知ると、今の自分は相当に忘れてしまったものがあるのではと思い知らされる。
では、その変えるべき価値観とは何か?
それは、「男性社会」ということ。「男性の価値観」を主にしてきた社会を変える、ということ。
男性社会を変えるというと、今度は極端に上下を反転させて、女性上位になって男は軒下に・・・ということをすぐに思い浮かべるかもしれませんが、オノ・ヨーコが言いたいことは、男女の平等ということだと思います。そしてその平等の視点は、より広い意味でこの世界、この地球、この宇宙を変えていくのだということ。
広く広く、宇宙そのものを変えていく。それは、イデオロギーではなく、一人一人の思いなのだと、本書を読んで強く感じることができる。思えば自分は、どうも最近そういった大きなエネルギーみたいなものを心底信じることをしてこなかったように思う。ここでもう一回、心のねじを締め直してみたいと思うのであります。
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『NHKサイエンスZERO ミトコンドリアの新常識』
NHKサイエンスZERO ミトコンドリアの新常識 (NHKサイエンスZERO) NHK「サイエンスZERO」取材班 NHK出版 2011-04-23 売り上げランキング : 251755
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ミトコンドリアと聞いて、みなさんは何を思い出すでしょうか?
学校で習った生物の授業でしょうか?
生物の授業で使っていた当時の教科書の細胞の図(今の教科書のことは知りませんが)ですと、ミトコンドリアは細長いもので、中にひだがあるような感じのものだったと思います。中にはあの絵とミドリムシの絵を混同して覚えている人もいるくらい、いったいミトコンドリアって何?っていう人もいらっしゃるのでは?
しかし、その後顕微鏡が発達し、生きた状態のミトコンドリアが観察できるようになると、実はミトコンドリアはあの図のような形体ではなく、そしてもっと動きのあるものだった・・・という新しい話しを聴いたらいかがでしょうか?
また、ミトコンドリアは、細胞小器官の一つして、エネルギーを作り出すと言うことだけをサラッと習ったと思います。図を見ると、ミトコンドリアはたいてい一つの細胞に一つしかありませんから、その一つのミトコンドリアがせっせと細胞のエネルギーを生産していたと思っていましたよね?
しかし、実はそれもミトコンドリアの真実ではなく、部位によってミトコンドリアの数が全く違うものである・・・なんて聴いたら、いかがでしょうか?
私は鍼灸師という仕事を通して身体というものを分析し、施術をします。もっともっと究極的に、生きてるって何?生命現象って何?と疑問が吹き出てきます。鍼灸や東洋医学は予防医学と言いますが、もっとそれを証明できるものはないか?そんなことを日々の臨床の中で夢想しながら治療しています。そのために、科学だけではなく、時間があれば人文科学の本も幅広く読むようにしているのですが、それでもなかなかたどり着けない生命の神秘。
そして、ふと、ミトコンドリアって何だろうという疑問が湧きました。そう、ミトコンドリアを解明すれば、もしかしたら良いヒントが出てくるかもしれない。ということで、本書はその入門書として最適でありました。今まで学校の授業で聞いていたミトコンドリアのお話しとは全く違う世界が広がっており、ある意味感動をしました。ミトコンドリアのことを解明していけば、がんなども代謝疾患としてとらえることもできるのではないでしょうか。そして、ミトコンドリアをいじめないこと、それが東洋医学の未病にもつながるのではないか・・・そう直観するのです。
ここから広がるミトコンドリアの世界、これからもっと注目が集まりそうですね。
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NHKサイエンスZERO ミトコンドリアの新常識 (NHKサイエンスZERO)
- 作者: NHK「サイエンスZERO」取材班,太田成男
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『日本人の心情論理』 荒木博之著 講談社現代新書
ときどき日本人て何だろうと思ったりします。日本人は特殊だとか、日本人の常識は世界の非常識だとか、いろいろ言われたりします。グローバルスタンダードなんてかっこよさげな言葉を持ち出すまでもなく、世界で浮いたりしてしまうこともあるらしい。では、いったい日本人って何でしょう?
本書はたまたま古本屋さんで見つけました。以前の講談社現代新書は、杉浦康平氏の印象的な装幀が素敵なわけですが、本書もその例に違わずいい感じ。ということで、表紙見買いをしたわけです。
本書の冒頭は、沖縄の伝承民謡から始まります。日本人の心情論理というタイトルからすると、王道的には茶の湯のようなワビやサビから入るのかと思いきや、南国の沖縄からスタートです。著者の略歴を見ると、アジア民俗学会理事をされており、『フィリピンの民間説話』と言った本も出しているので、南国の香り漂う沖縄の伝承民謡から入るのも頷かれます。
そんな意外性を持ちつつ本書が始まるのですが、その民謡の中には、著者がキーワードとする「清浄美」「きよら」と言ったものがちりばめられており、とても気分が良くなるのです。読み始めた当初は、南国の香りと日本人の感情論理が今ひとつどうつながるのかと思っていたのですが、それがどんどんつながっていき、根底でつながっているものを感じさせてくれます。そしてそのキーワードが、道元の辞世の句、明恵上人の和歌にも通じていく、ダイナミックな論理的展開が読んでいてとてもワクワクするものでした。
最近の新書は、タイトル先行で中身がなかったり、後半息切れずるものが多いのですが、本書は手抜きのない終始一貫したうつくさを感じるものです。そして、それが日本人の心情論理に通じると言うことで、とても印象深い一冊となっています。
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